東京地方裁判所 平成2年(特わ)1143号 判決 1992年4月03日
本籍
大阪市東成区大今里西一丁目二番地
住居
東京都三鷹市大沢五丁目一五番五号
会社員
濵口博光
昭和一五年三月一四日生
本籍
東京都練馬区東大泉七丁目五八番地
住居
東京都三鷹市上連雀三丁目二番一九号
会社役員
脇坂嘉紀
昭和一八年二月一一日生
本籍
東京都府中市本町一丁目三番地の二
住居
東京都新宿区住吉町一番一七-九〇一号
会社役員
酒井永治
昭和一二年四月六日生
右の者らに対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官西村逸夫出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人濵口博光を懲役一年八月及び罰金五〇〇〇万円に、被告人脇坂嘉紀を懲役一年八月及び罰金六〇〇〇万円に、被告人酒井永治を懲役一年四月及び罰金三四〇〇万円にそれぞれ処する。
被告人濵口博光に対し、未決勾留日数中四五日をその懲役刑に算入する。
被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、いずれも金二五万円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
被告人脇坂嘉紀及び被告人酒井永治に対し、この裁判確定の日から三年間それぞれその懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用の証人小林準に支給した分の二分の一は、被告人濵口博光の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人濵口博光は、昭和六二年当時、航空測量業界の大手で東京証券取引所一部の上場会社である國際航業株式会社(以下、國際航業という。)の取締役技術営業本部副本部長をしていたもの、被告人脇坂嘉紀は、同社の技術営業本部第一営業部長をしていたもの、被告人酒井永治は、同社の関連会社株式会社エス・エス・ケイ(同年一一月以前の商号は株式会社コッコー)の代表取締役をしていたものであるが、同年六月、被告人濵口と國際航業の取締役経理部長をしていた分離前の相被告人石槁紀男は、同社の関連会社ウイング株式会社の代表取締役であった富嶋次郎を介して、蛇の目ミシン工業株式会社株の買占め等を行っていたコーリン産業株式会社の代表者小谷光浩と知り合い、会談をするうち、小谷が國際航業株を買占める意向であることを知り、その買占めに伴い株価が高騰するものと予測して、それぞれ國際航業株の買付けを始め、さらに被告人濵口や前記石槁から被告人脇坂及び同酒井に國際航業株が高騰する旨の情報が流されて、被告人脇坂、同酒井もその買付けを始め、以後、被告人濵口、同脇坂、同酒井と石槁、富嶋は、互いに共同してあるいは個人で國際航業株の売買を盛んに行っていたところ、
第一 被告人濵口は、國際航業株の売買など、営利の目的で継続的に株式売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右株式売買を他人名義で行うなどの方法により、所得を秘匿した上、昭和六二年分の実際総所得金額が五億六七二一万七三一五円(別紙1修正損益計算書参照)であったのにかかわらず、昭和六三年三月一五日、東京都武蔵野市吉祥寺本町三丁目二七番一号所在の所轄武蔵野税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が一九七九万二六五〇円で、これに対する所得税額は、二三四万一二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成二年押第八五五号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、昭和六二年分の正規の所得税額三億二四四八万六九〇〇円と右申告税額との差額三億二二一四万五七〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れ
第二 被告人脇坂は、同都練馬区南大泉六丁目六番三号に居住し、國際航業株の売買など、営利の目的で継続的に株式売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右株式売買を他人名義で行うなどの方法により、所得を秘匿した上、昭和六二年分の実際総所得金額が四億四六四一万八三三八円(別紙3修正損益計算書参照)であったのにかかわらず、昭和六三年三月一五日、同都練馬区栄町二三番地七号所在の所轄練馬税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が七八五万四三五三円で、これに対する所得税額は、すでに源泉徴収された税額を控除すると、三九万一一〇〇円の還付を受けることになる旨の虚偽の所得税確定申告書(前同押号の5)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、昭和六二年分の正規の所得税額二億五七五二万四八〇〇円と右還付税額との合計額二億五七九一万五九〇〇円(別紙4脱税額計算書参照)を免れ
第三 被告人酒井は、國際航業株の売買など、営利の目的で継続的に株式売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右株式売買を他人名義で行うなどの方法により、所得を秘匿した上、昭和六二年分の実際総所得金額が二億八二八四万五一二四円(別紙5修正損益計算書参照)であったのにかかわらず、昭和六三年三月一五日、同都新宿区三栄町二四番地所在の所轄四谷税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が二七七六万六〇〇〇円で、これに対する所得税額は、二三〇万七八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同押号の7)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、昭和六二年分の正規の所得税額一億四六四〇万八八〇〇円と右申告税額との差額一億四四一〇万一〇〇〇円(別紙6脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実について
一 第三回ないし第六回、第二一回各公判調書中の分離前の相被告人石槁の各供述部分
一 第六回ないし第八回、第二一回各公判調書中の被告人濵口の各供述部分
一 第九回、第一〇回、第二一回各公判調書中の被告人脇坂の各供述部分
一 第一一回公判調書中の被告人酒井の供述部分
一 被告人石槁の検察官に対する平成二年六月一七日付、同月二一日付、同月二三日付、同月二四日付、同月二七日付、同月二九日付各供述調書
一 被告人濵口の検察官に対する平成二年六月一九日付、同月二四日付各供述調書
判示第一及び第二の事実について
一 第一四回、第二〇回各公判調書中の被告人石槁の各供述部分
一 第一四回、第一六回各公判調書中の被告人濵口の各供述部分
一 第一二回、第一三回各公判調書中の被告人脇坂の各供述部分
一 被告人石槁の検察官に対する平成二年六月三〇日付、同年七月二日付各供述調書
一 被告人濵口の検察官に対する平成二年六月二六日付、同月二八日付、同月二九日付(本文九丁のもの)、同月三〇日付、同年七月一日付各供述調書
一 被告人脇坂の検察官に対する平成二年六月二一日付、同月二三日付、同月二四日付、同月二九日付、同月三〇日付、同年七月二日付(二通)、同月三日付(全二項のもの)各供述調書
一 藤原克子(二通)、村上昇、濵口昌江、尼野邦貞(但し、被告人濵口の関係では不同意部分を除く)の検察官に対する各供述調書
判示第一の事実について
一 被告人濵口の当公判廷における供述
一 第一九回公判調書中の被告人濵口の供述部分
一 被告人濵口の検察官に対する平成二年六月一四日付、同月二三日付、同月二五日付(二通)、同月二九日付(全一〇丁のもの)、同年七月二日付、同年八月一〇日付、平成三年四月六日付各供述調書
一 第一五回、第一七回各公判調書中の証人富嶋次郎の各供述部分
一 第一八回公判調書中の証人村上昇、同尼野邦貞、同小林準の各供述部分
一 長谷川宏之、定塚淳一、菊地賢一、菊地眞吉、島田ふみ子、三輪勝枝、山口知恵子、中川良美、片倉久雄、三輪善夫、西川文享、川邊恒男、小谷光浩(以上、いずれも謄本)、緒方栄一、石槁康、長谷川秀憲の検察官に対する各供述調書
一 収税官吏作成の有価証券売買益調査書、雑収入調査書、給与収入調査書、給与所得控除額調査書、建物賃貸収入調査書、減価償却費調査書、借入金利子調査書、租税公課調査書、源泉徴収税額調査書、株式取引回数調査書(以上、いずれも被告人濵口に関するもの)
一 収税官吏作成の査察官報告書
一 収税官吏作成の平成二年三月二三日付検査てん末書
一 検察事務官作成の平成三年四月三日付捜査報告書
一 収税官吏石津健鳳作成の領置てん末書
一 押収してある被告人濵口の昭和六二年分の所得税確定申告書一袋(平成二年押第八五五号の3)、収支内訳書(不動産所得用)一袋(同押号の4)
判示第二の事実について
一 被告人脇坂の当公判廷における供述
一 被告人脇坂の検察官に対する平成二年六月一四日付、同年七月三日付(全五項のもの)各供述調書
一 小林準(二通)の検察官に対する供述調書
一 収税官吏作成の有価証券売買益調査書、雑収入調査書、利子収入調査書、賃貸料収入調査書、減価償却費調査書、借入金利子調査書、租税公課調査書、管理費調査書、雑費調査書、給与収入調査書、給与所得控除額調査書、損害保険料控除調査書、源泉徴収税額調査書(以上、いずれも被告人脇坂に関するもの)
一 収税官吏山本孜作成の領置てん末書
一 東京都練馬区長作成の戸籍謄本(戸籍の附票の写し添付)
一 押収してある被告人脇坂の昭和六二年分の所得税確定申告書一袋(平成二年押第八五五号の5)、収支内訳書(不動産所得用)一袋(同押号の6)
判示第三の事実について
一 被告人酒井の当公判廷における供述
一 被告人酒井の検察官に対する各供述調書(五通)
一 被告人酒井の収税官吏に対する質問てん末書(謄本)
一 証人小田直弘、同大屋忠義の当公判廷における各供述
一 収税官吏作成の有価証券売買益調査書、支払利息調査書、雑費調査書、受取利息調査書、利付国債償還差損調査書、給与収入調査書、給与所得控除額調査書、源泉徴収税額調査書(以上、いずれも被告人酒井に関するもの)
一 収税官吏高橋孝吉作成の領置てん末書
一 押収してある被告人酒井の昭和六二年分の所得税確定申告書一袋(平成二年押第八五五号の7)、財産及び債務の明細書等一袋(同押号の8)、メモ(自昭和60年1月~至昭和63年3月末日と題するもの)(同押号の9)、メモ写し(酒井永治、三田証券等が記載されているもの)(同押号の10)
なお、収税官吏作成の有価証券売買益調査書、株式取引回数調査書(いずれも被告人濵口に関するもの)等の関係各証拠によれば、被告人濵口の昭和六二年における株式取引に関しては、年間五〇回以上かつ二〇万株以上の株式売買という課税要件を満たしているので、同年の株式取引による売買益全てが有価証券売買益として課税の対象となるところ、検察官は國際航業株の売買益のみを有価証券売買益として挙げるので、石槁・濵口・脇坂共同取引、石槁・濵口共同取引、石槁・濵口・富嶋共同取引による株式売買益については、國際航業株の売買益しか存在しないので、検察官の主張どおりの金額で認められるが、石槁・濵口・脇坂財テク取引及び濵口の個人取引による株式売買益については、それぞれ國際航業株以外の株式の売買益も存するものの、検察官主張の國際航業株のみの売買益であるそれぞれ二五五七万六四一七円、七六三二万八七四一円の限度で認定することとし、結局、被告人濵口の昭和六二年における有価証券売買益は、検察官の主張する五億二九九四万七八四七円の限度で認定した。
(弁護人の主張に対する判断)
一 被告人濵口の弁護人の主張に対する判断
1 石槁・濵口・脇坂共同取引について
被告人濵口の弁護人は、検察官の主張するいわゆる石槁・濵口・脇坂共同取引は脇坂の個人取引であり、右共同取引による株式売買益とされているものは謝礼金であって、雑収入である旨主張する。
そこで検討するに、関係各証拠によれば、検察官が石槁・濵口・脇坂共同取引(以下、単に三人共同取引という。)として主張する株式取引の状況等について、次の事実が認められる。
被告人濵口は、昭和六二年六月半ば過ぎころ、國際航業が当時検討していたアジア航測株式会社の買収の件で、國際航業の関連会社ウイング株式会社の当時の代表取締役富嶋次郎から、蛇の目ミシン工業株等の買占めを行っていたコーリン産業株式会社の代表者小谷光浩を、アジア航測株の買占めをすることのできる人物として紹介され、会談をするうち、小谷が國際航業株に関心を有していることを知り、小谷が同株を買い占めるならば株価が上がる可能性が強いと見込み、同月二二日ころ、妻に指示して同株を買った。まもなく富嶋は、石槁と濵口に対し、小谷が國際航業株を買うつもりのようなので、小谷に同株を買い占めてもらい、その支援を受けて國際航業を石槁、濵口、富嶋の三人で経営していこうと提案し、石槁、濵口はともにそれに乗り気となった。石槁は、そのころ、國際航業株の株価が上がると見込み、個人で買い付けるなどした。同月二五日ころ、富嶋の仲介で石槁と濵口は小谷と会い、その際小谷は、石槁、濵口に、自分が資金を出して國際航業株を買い占め、現経営陣を退陣させた後、石槁、濵口、富嶋に経営を任せる旨の話をし、石槁と濵口は、小谷の提案を受け入れ、その実現を期待した。
ところで、石槁、濵口、脇坂の三人は、昭和五五年ころから、國際航業の関連会社株式会社エヌ・シー等から他人名義で受領していた給与等を共通の資金として、株式売買を行ってきており、石槁が、具体的な株式運用及び資金や利益金の管理をしていた(検察官の主張する石槁・濵口・脇坂財テク取引。以下、三人財テク取引という。)。
濵口は、小谷からの前記提案があった後の昭和六二年六月末、部下の脇坂に國際航業株が確実に値上がりする旨言い、脇坂と、國際航業の百パーセント出資の子会社で貸付業務を行っていた東洋リース株式会社から融資を受けて、同株を買ってもうけることを話し合い、さらに、東洋リースの業務について実権を握っていた石槁にもその話を持ち掛けて、同意を得た。まもなく脇坂は、石槁に株式会社中測技研名義での四億円の融資を申し込み、石槁からの形式上の担保の要求で、脇坂は濵口と相談の上、部下の尼野邦貞にその自宅を担保に提供してもらい、右融資が実行されることになった。また、具体的な買付け・売付けは脇坂が担当し、借名で行うことになった。
脇坂は、昭和六二年七月初め、四名の借名名義で國際航業株一四万株を買い付け、さらに、同月九日ころ石槁に追加融資を依頼したところ、買い付けた株を担保に銀行から借り入れる方法を勧められたので、濵口の同意を得てその方法によることとし、借名名義を追加して同株七万七〇〇〇株を買い付け、銀行からの二億七〇〇〇万円の借入金をその代金支払いに当てた。濵口は、脇坂が海外旅行をしていた同年八月六日と七日、脇坂から買付等の事務手続を任されていたエヌ・シーの事務員藤原克子に指示して、右脇坂の買い付けた國際航業株のうち計二万五〇〇〇株を売り付け、脇坂は、帰国後同月二六日までに、さらに二万五〇〇〇株を売り付けた。同年八月中旬ころ、石槁、濵口、脇坂は、以上の國際航業株の売買でもうけが出たことの記念に、それぞれ数百万円の高級腕時計をウイングから購入し、その代金一一〇〇万円は、脇坂が同株の売買益から支払った。
國際航業の枡山明社長等経営陣は、昭和六二年八月一〇日過ぎころから、國際航業株を大量に買い集めていた小谷に対抗して、関連会社等による同株の防戦買いを行う方針を決め、石槁がそれを担当するようになった。石槁は、同年九月半ば脇坂に、前記脇坂の買い付けた國際航業株の残りを引き取る旨言い、相対取引により國際航業の関連会社新日本測量設計株式会社が一六万七〇〇〇株を買い取った。
そのころ石槁、濵口、脇坂の三人は、中測技研名義での借入資金で行った國際航業株の売買益約五億六〇〇〇万円を分けることにし、脇坂は、取引税、尼野と借名名義人への謝礼金、ウイングへの時計購入代金を差し引いて、右利益を三等分して一人当たり一億七〇〇〇万円と計算し、その旨石槁と濵口に説明した。また、三人財テク取引についても同時に清算することとなり、石槁は、その利益金について濵口のマンション購入費用等に支出した分を含めて一億九五〇〇万円になり、石槁と脇坂の分は、それぞれ六五〇〇万円、濵口分は、右支出分を差し引いて四〇〇〇万円になる旨計算した。結局、三人共同取引分と三人財テク取引分を合わせて、石槁と脇坂は二億三五〇〇万円ずつ、濵口は二億一〇〇〇万円を受け取ることで、三名は合意した。同年九月一七日、濵口は、脇坂の指示で藤原が借名名義人の口座から下ろしてきた一億七〇〇〇万円を受け取り、石槁は、脇坂から二億三五〇〇万円を受け取った。脇坂は、同月末濵口に残りの四〇〇〇万円を渡し、脇坂自身は二億三七〇〇万円余りの分配金を取得した計算となった。
右のとおり認定される三人共同取引の行われたきっかけ、経緯、各人の果たした役割、利益の分配状況、三人財テク取引の存在等をみれば、三人共同取引は、脇坂が単独で行ったものではなく、石槁、濵口、脇坂の三人が共同して行った取引と優に認められる。
被告人濵口は、公判廷において、「小谷が國際航業株の買占めを始めるのかもよく分からず、その株価が上がるとの自信はなかった。脇坂には、格好をつけて、株価が上がるか分からないぞという程度の話をした。自分は、脇坂が東洋リースから借入れして同株を買いたいので、石槁に口添えしてほしいと頼んできたため、石槁に取り次いだに過ぎず、石槁、脇坂と三人で東洋リースからの借入資金により同株を買い付ける相談はしていない。脇坂が、三人財テク取引分だけでなく、右資金での取引の利益まで分けてくれたのは、融資依頼を石槁に取り次いだからだと思う。」旨供述する。しかし、脇坂が合計で六億七〇〇〇万円もの融資を受け、國際航業株を二一万七〇〇〇株も買い付けているのは、脇坂が自身の判断で独自に行ったのではなく、同株が確実に高騰するとの情報に基づいて、濵口、石槁と共に三人で株買付けを行うとの合意があったからこそ行ったと見るのが、合理的であること、濵口は自ら尼野に担保提供の意思の確認をしたり(第一八回公判調書中の証人尼野邦貞の供述部分)、さらには売値を自ら判断して売付けの一部を行っていること、脇坂が自らの判断で単独で株取引をしていたとしたら、取引による利益を三等分して石槁と濵口に各一億七〇〇〇万円もの大金を渡す理由はなく、これを濵口のいう謝礼金と解するのは到底無理であることなどの事情によれば、被告人濵口の右供述は信用できない。
また、分離前の相被告人石槁も、公判廷において、「脇坂から、中測で國際航業株を買いたいので東洋リースから四億円貸してほしいとの依頼を受けて、中測技研ではなく、関連会社である中央測工が赤字会社のため、右資金で國際航業株の売買を行い、利益を出して、その赤字を埋める財テクをするのだと思った。脇坂からは、二〇〇〇万円程度もらえると思っていた。脇坂が二億三五〇〇万円くれたのは、濵口と脇坂の資金運用をしてやっていたいわゆる三人財テク取引のお礼と、東洋リースから融資した資金を実際には濵口らが國際航業株の売買に運用し、多額の利益を上げたことに対するお礼、そして、仲良くやろうという趣旨だと思った。」旨供述し、自分は三人共同取引の当事者ではないと主張する。しかし、石槁は、中測技研に対する四億円融資の関係書類に決裁印を押しているところ、東洋リースから四億円という多額な融資をするのも、担保を取るのも初めてであり、脇坂の融資申込に先立ち濵口からも依頼の電話があったことからすれば、中測技研との記載を見落とし中央測工と勘違いしたというのは、不自然であること、脇坂は石槁に、三人財テク取引分と三人共同取引分の利益をそれぞれきちんと三等分して二億三五〇〇万円を渡しており、その金額、分け方からして石槁のいう謝礼金というのはいかにも無理であること、石槁は、二億三五〇〇万円を受け取る前日に、すでに偕成証券の村上昇にその金額の入金が翌日ある旨伝えていること(第一八回公判調書中の証人村上昇の供述部分)などの事情からすれば、石槁の右供述も信用できない。
したがって、被告人濵口の弁護人の三人共同取引に関する前記主張は、理由がない。
2 石槁・濵口・富嶋共同取引について
被告人濵口の弁護人は、検察官の主張するいわゆる石槁・濵口・富嶋共同取引について、濵口は石槁、富嶋とともに共同で株式取引をしたことはなく、右共同取引による株式売買益とされているうちの三〇〇〇万円は謝礼金等の雑収入であり、残りの二億円は、濵口の経済的支配圏に帰属したことがないので、濵口の所得ではない旨主張する。
そこで検討するに、関係各証拠によれば、検察官が石槁・濵口・富嶋共同取引(以下、単に富嶋共同取引という。)として主張する株式取引の状況等について、次の事実が認められる。
小谷が國際航業株を買い占めその株価が急激に上がっていた昭和六二年七月八日ころ、富嶋はウイングの事務所で、石槁と濵口に対し、「國際航業株を三人で買ってもうけよう。売買は自分がやり、自分でも資金を作るが、東洋リースから資金を出してほしい。もうけは三等分しよう。」という趣旨の提案をし、石槁と濵口はこれに賛成した。富嶋は借名で取引するとして、そのころ濵口に名義人を用意するよう依頼したので、濵口は富嶋に七人くらいの氏名を書いたメモを示したが、それら人物の居住地の関係で確認等に時間を要することから、結局、富嶋は自ら準備した名義人の借名で取引することにした。石槁は、富嶋の右要請により、東洋リースから富嶋の経営する東洋エージェンシー株式会社に対し、同月一四日と二一日、國際航業の関連会社興亜開発株式会社他一社経由で合計八億円を融資した。その前後ころ富嶋は、石槁と濵口に、小谷が國際航業株を取得価格に一〇〇〇円増しの価格で買い取る意向であると伝えた。富嶋は、小谷側から借りて調達した約二〇億円や、東洋リースからの右八億円、及び國際航業のゴルフ場開発に絡んでウイングが農協に有していた協力預金二億円を資金にして、借名で國際航業株六八万三〇〇〇株を買い付け、同年八月二八日ころその全株をコーリン産業に相対取引で売却した。
富嶋は、右売買益に個人で取得した三万株の売買益を加えた中から、取引税・支払利息等の経費を差し引き、さらに個人取引分の利益と自己の貢献分等として二億円を自己に留保し、残りを三等分して一人当たりの取り分を二億三四六九万円余りと計算した。そして、富嶋は、同年九月三日ころ自宅で、石槁と濵口に対し、売買金額・株数・一人当たりの取り分等について、それらの数字を記載した手帳を示すなどして説明し、石槁に、取り分の二億三四六九万円余りと、資金融資の際間に入ってもらった興亜開発の役員らに対する謝礼金二〇〇万円が入ったボストンバッグを渡した。その際濵口には、石槁に先に渡す旨の了解を得ていたので、取り分を渡さなかった。
ところで富嶋は、同年三月ころ、オーストラリアにおけるマリーナ事業計画のために現地会社を手に入れ、同年九月には候補地を選定して設計を完了し、行政上の手続等を行っていた。そこで富嶋は、同年九月下旬ころ、断られたとき渡すため前記濵口の取り分を現金で用意した上、濵口に、マリーナ事業計画について約一年後には営業を開始して毎月約一〇〇万円の利益が上がるなどと説明し、事業の二分の一の権利を取得できるとの条件で、右取り分から同事業計画に二億円を出資してくれるよう依頼し、濵口はこれを了承した。出資したことを書面化するために、二人で弁護士の事務所に行ったが、書面化するまでもないということになった。同月末、富嶋は濵口に、二億円を差し引いた濵口の取り分の残りとして、三五〇〇万円弱の現金を渡した。その後、マリーナ事業は、富嶋の思惑どおりには進まず、同人はやむなく撤退したが、他の者が引き継ぎ完成させた。
右認定に反する富嶋からの二億円の利益分与に関する弁護人の主張は採用できない。
右のとおり認定される株取引の行われたきっかけ、経緯、利益の分配状況等をみれば、富嶋共同取引は、石槁、濵口、富嶋の三人が共同して行った取引であり、また濵口は、株式売買益の分配金のうち二億円を、富嶋から現実に交付を受け手中にしなかったものの、右二億を含む二億三四六九万円余りを自己の取り分として了解した上、そのうちの二億円を自らの意思により富嶋との契約の下に同人の進めるマリーナ事業に出資したのに過ぎないのであるから、右二億円も濵口の所得として同人に帰属したことに変わりはない。
被告人濵口は、公判廷において、「富嶋から、國際航業株を買うので五億円を融資してほしい、もうかったら面倒をみてやると言われ、石槁に取り次いだが、石槁、富嶋と三人で同株を買ってもうけようと相談したことはない。面倒をみるという意味は、富嶋が石槁と自分にそのもうけを分けてくれるのだと思った。」旨供述し、石槁も、公判廷において、「富嶋からの依頼で、東洋リースから融資したが、濵口と富嶋と三人で同株の売買をしてもうけるためではなかった。富嶋から受け取った二億三〇〇〇万円余りの現金は、右融資に対するお礼だと思った。富嶋にはその現金を返すつもりだったが、できなかった。」旨供述し、いずれも富嶋共同取引が富嶋の単独の取引であると主張する。しかし、石槁は公判廷においても、富嶋が融資を依頼した際、石槁と濵口の居る場で富嶋が我々ももうけようと言ったこと自体を認めていること、八億円を融資したことに対して二億三〇〇〇万円余りの謝礼金が支払われるというのは、いかにも不合理であり、しかも端数まである金額の謝礼金というのも不可解であること、石槁は、富嶋から受け取った現金を自宅に持ち帰り、やがて証券会社で運用するなどしており、富嶋に右現金を返す意思があったかのように公判廷で種々述べる点は、いずれも納得できないことなどの事情からして、石槁の前記供述は信用できない。濵口の公判廷の供述も、富嶋がもうけを分ける理由がその供述では明らかでないこと、富嶋は、石槁に対して前記の計算で三等分した金額を渡し、濵口にも同金額からマリーナ事業計画に出資してもらう二億円を差し引いた金額は渡していることなどの事情からすれば、信用できない。
なお、被告人濵口の弁護人は、富嶋共同取引及び三人共同取引について、検察官のいう共同取引が成り立つには、課税要件の充足に関しては、共同とされる株式取引全体の取引回数及び取引株式数により判断しながら、所得の帰属に関しては株式取引全体の利益ではなく、個々人に分配された利益によって判断する、という法律構成が可能でなければならないところ、そうした法律構成は不可能であって、右各共同取引の実態は、富嶋や脇坂の単独による株式取引と見るほかないので、同取引による利益については被告人濵口に課税することはできない旨主張する。
しかしながら、税法上は実質的に所得があり、それが実質的に課税要件を満たすのであれば課税されるのであって、所得の有無及びその性質、課税要件の充足の有無も、実態に即し実質的に判断されるべきものであるところ、本件においては、石槁、濵口、富嶋あるいは石槁、濵口、脇坂の各三人が、共同して株式取引を行い利益を分配するとの合意の下に株式取引を行い、株式取引益を三人の間で分配しているのであって、実質的には、三人がそれぞれ各自株式取引を行って、三人で行った株式取引益の三分の一ずつの利益を得たと同じと見ることができるので、その実態に即して課税することは差し支えなく、弁護人がいうように対証券会社との関係での法律効果云々を特に問題にする必要はないといわねばならない。
したがって、被告人濵口の弁護人の富嶋共同取引に関する前記主張は、理由がない。
3 他人名義による給与収入について
被告人濵口の弁護人は、村山和義、木下新一、木下進各名義の給与収入は、濵口の実質所得を形成していない旨主張する。しかし、関係各証拠によれば、國際航業の下請等の関連会社である永和開発サーベイ株式会社外一社は、國際航業の実力者の濵口に給与を提供する趣旨で、濵口の意向に従い、その親族である村山外二名が現実には右二社で勤務していないにもかかわらず、村山らの口座に直接給与を振り込んでいたのであるから、これら給与収入が濵口の所得であることは明らかであり、村山らが自己の給与所得として確定申告し納税していた事実は、何ら右結論を左右するものではなく、右主張は理由がない。
4 個人取引について
被告人濵口の弁護人は、濵口の個人取引とされているものの中には、妻がお好み焼き屋の営業や、濵口から受け取る毎月の生活費等で蓄えたその資金六〇〇万円で、濵口が昭和六〇年に水道機工株二万株を買い、同六一年中に売却し、その売却益で國際航業株九〇〇〇株を買い、それを売却した分が含まれ、右國際航業株の売買益は実質的には妻の所得となり、したがって、右売買益に対する濵口の脱税の故意は相当薄弱である旨主張する。しかし、濵口昌江の検察官に対する供述調書によれば、濵口の妻はお好み焼き屋の営業で利益を上げたことはなく、納税したこともないことが認められ、この事実や、妻が濵口から受け取った給与の一部を蓄えていたとしても、濵口の資金というべきであること、及び國際航業株の株価が値上がりすることを察知して、同株を売買するに際し、自己が購入名義や売買の時期を決定して妻に指示し、妻はその指示に従って売買を行った旨の濵口の検察官に対する供述等に照らし、右主張は理由がない。
二 被告人酒井の弁護人の主張に対する判断
被告人酒井の弁護人は、(1)本件所得税の確定申告の際、酒井は株式売買の回数が五〇回未満であると誤解しており、そのため株式売買益について申告する必要がないものと考え、申告しなかったものであり、(2)借名で取引したのは、脱税を意図したためではない旨主張し、被告人酒井は、公判廷において、「昭和六二年一二月、國際航業の経理部の小田直弘から、国税局の調査があったので酒井個人の株式売買の回数につき回答するようにと求められ、三田証券の大屋忠義に借名口座を含めて調べてもらった。大屋からその結果を聞き、さらに当時は、同年中の相対取引と端株の買取請求は回数に入らないと誤解し、また和光証券での取引を同六一年分と勘違いしていたので、同六二年分の自己の売買回数を四八回(五〇回未満とも供述する)と認識し、そのため申告しなかった。借名で取引したのは、経営する会社が取引先に仮払いで支払ったリベート分の穴埋めをするため株式売買をしていたので、リベートの支払い先に迷惑をかけないようにと考えたからである。」旨供述する。
そこで検討するに、被告人酒井の検察官に対する平成二年六月二三日付供述調書、同被告人の収税官吏に対する昭和六三年一一月二一日付質問てん末書(謄本)、証人小田直弘及び同大屋忠義の当公判廷における各供述、押収してあるメモ(自昭和60年1月~至昭和63年3月末日と題するもの。平成二年押第八五五号の9)及びメモ(写し)(酒井永治、三田証券等が記載されているもの。同押号の10)等の関係各証拠によれば、被告人酒井が昭和六二年中に行った株式売買の回数等について、次の事実が認められる。
被告人酒井は、昭和五七年ころから自己名義のほか借名でも株式売買をするようになり、同六二年中における酒井の株式売買の回数は六五回であり、うち市場取引が五二回、相対取引が一〇回、端株の買取請求が三回であった。市場取引の内訳は、三田証券本店での酒井名義、及び借名の堀川邦夫、鈴木徹夫、菊池祐次外一名名義の取引が四一回、和光証券池袋支店での酒井名義の取引が四回、極東証券霞が関ビル支店及びシェアソン・リーマン・ハットン証券東京支店での酒井及び堀川名義の取引が七回であった。
昭和六二年一二月、國際航業の当時の経理部次長小田直弘は、東京国税局の税務調査で、同六〇年と六一年の酒井個人による株式売買の回数について照会を受け、同国税局から資料を渡された。その資料には、国税局が把握した酒井の三田証券及び和光証券における六〇年から六二年までの取引状況が記載されており、六二年の和光証券における売買回数は四回と記載されていた。小田は、右資料のコピー(前押号の10)を酒井に渡して、六〇年と六一年の両証券会社における売買回数の確認方を依頼した。酒井は、三田証券の担当者大屋忠義に依頼して、同証券における酒井と堀川名義の六〇年から六二年までの売買回数を、顧客勘定元帳の写しを使って計算してもらったが、小田に対しては、六〇年と六一年の酒井名義による取引分の回数についてだけ、大屋から確認印を押してもらった顧客勘定元帳の写し(前掲質問てん末書添付のものは、その写し)を提出して報告した。
酒井は、昭和六三年五月ころ、堀川と菊池に対し、税務署には借名取引を各自の取引であると話すように依頼した。さらに、同年八月五日の石槁に対する査察後、酒井は大屋に依頼して、顧客勘定元帳の写しにより、六〇年から六三年三月末までの三田証券における酒井、堀川、鈴木、菊池名義の取引につき、各年分の回数計算をしてもらい、さらにその他の取引として和光証券の分を追加し、集計表を作成してもらった(前押号の9、及び前掲質問てん末書添付の集計表)。それによると、六二年度の売買回数は、場外取引一回を合わせて、四八回とされている。
右に認定されるように、酒井は、昭和六〇年と六一年に三田証券で堀川や鈴木名義でも取引していたにもかかわらず、小田を介し国税局にことさら自己名義の取引しか報告せず、また、借名名義人に対しては、税務当局に借名の事実を隠すよう依頼し、さらに大屋に集計表を作成してもらうに際しても、極東証券やシェアソン証券の分を除外して回数を非課税枠内に収めているのであって、酒井が一貫して、税務当局を意識し売買回数を少なく装おうとしたことが窺われることや、酒井は同六二年一二月の時点で、国税局の指摘する和光証券における同年分の取引の存在を認識していたのであるから、翌六三年三月の申告時に、その取引を六一年分のものと勘違いしたというのは不自然であり、相対取引が回数計算に入らないと考えたとする根拠も合理的でないことからすれば、酒井の株式売買回数を誤解していた旨の前記公判廷供述は信用できない。したがって、被告人酒井の弁護人の(1)の主張は理由がない。(2)の主張については、被告人酒井の検察官に対する平成二年七月二日付供述調書等の関係各証拠によれば、酒井は昭和六二年に、主として被告人名義及び借名名義での株式売買により二億八〇〇〇万円強の所得があったところ、そのかなりの部分を自己名義の定期預金にし、その他、新たな株式買付資金、生活費等に使ったのであり、仮払い金の補填に当てた形跡はないことが認められ、この事実等に照らし、同主張は理由がない。
(法令の適用)
一 罰条
被告人三名について
いずれも所得税法二三八条一項、二項(情状による)
二 刑種の選択
被告人三名について
いずれも懲役刑と罰金刑の併科
三 未決勾留日数の算入
被告人濵口について
刑法二一条
四 労役場留置
被告人三名について
いずれも刑法一八条
五 刑の執行猶予
被告人脇坂、同酒井について
いずれも懲役刑につき刑法二五条一項
六 訴訟費用
被告人濵口について
刑事訴訟法一八一条一項本文
(量刑の理由)
本件は、東京証券取引所一部上場の航空測量業界の大手である國際航業株式会社の取締役であった被告人濵口、幹部社員であった被告人脇坂及び関連会社の代表者被告人酒井が、共同してあるいは単独で自社の國際航業株を大量に買い付け、高値を狙って売却するなどして、それぞれ多額の利益を得ていながら、いずれも昭和六二年分の所得税を脱税した、という事案であるところ、その犯行の状況は、会社支配を狙って株を買い占めようとする仕手筋の人物が登場すると、その人物と組んで会社経営の実権を握ろうと内通し、一方ではその株買占めに便乗して私腹を肥やそうとして、盛んに自社株の売買を行って多額の利益を得たのに、それを隠して脱税したというもので、露骨に私利私欲を求めた浅ましい犯行といえる。
そこで、各被告人の個別の事情をみる。
被告人濵口は、國際航業の取締役技術営業本部副本部長という地位にありながら、以前蛇の目ミシン株等の買占めを行っていたコーリン産業の代表者小谷光浩が、國際航業を支配しようとして同社の株を買い占める意向であることを知り、取締役経理部長であった石槁とともに小谷と通じ、その支援を受けて國際航業の経営の実権を握ろうとの野心を抱く一方で、小谷の國際航業株買占めによる株価の高騰を見越して、石槁や部下であった脇坂らと共同であるいは個人で同株を大量に売買し、それによって五億三〇〇〇万円近くの利益を得ていながら、それら利益を一切隠して所得税を脱税したものである。その脱税額は、単年度ながら三億二二一四万円余に上り、個人の所得税の脱税額としては、決して小さい額ではなく、しかもその脱税にかかる株式売買益の獲得の方法も、小谷と内通して得た情報を利用した不公正といえるものや、小谷の株買占めに寄与した自己の会社に背信的なもの(前記富嶋共同取引)であって、社会的非難を受けるべきものである。そして、そうした方法でもって株式売買益を獲得し脱税したのも、ひたすら私腹を肥やすためであって、そこに酌むべき事情はなく、それら株式売買益については当初から一切隠し脱税する意図であったのであり、脱税は計画的であるといえる。こうした被告人濵口の私欲に基づいた犯行は厳しく責められねばならない。なお、被告人濵口の弁護人は、濵口が國際航業株の各取引を行った当時、國際航業の社内においては、小谷による同株の買集め自体がすでに知られていたから、濵口の本件株式取引は、小谷との内通による秘密の情報に基づいた反社会的なものとはいえない旨主張する。しかし、関係各証拠によれば、國際航業の社長や副社長らの最上層部が小谷による國際航業株の買占めを察知したのは、昭和六二年七月に入ってからであるが、被告人濵口は、それ以前に小谷と会い、同人が國際航業株を買い占める意向であることを知って、個人であるいは石槁、脇坂と共同して國際航業株の買付けを行っていることが明らかであるから、弁護人の右主張は理由がない。
被告人濵口は、富嶋共同取引による株式売買益のうち二億円については自己の所得とはなっていないと主張して、右株式売買益についての修正申告も納税も行っておらず、そのため、所得税の本税だけで一億三八〇〇万円が未納のまま残っている。
その上、被告人濵口は、昭和六二年分の確定申告の直前に、税務調査に備え課税を免れる意図で、自己の資産でないかのように装って一時的に預け、後日返してもらう趣旨で、被告人脇坂に対し、前記三人共同取引と三人財テク取引の分配金額の大半に当たる一億九一〇〇万円相当の株券と現金を渡すという隠ぺい工作も行っている。もっとも、被告人濵口の弁護人は、この点につき、濵口は借名名義人によりその所得として申告することを考え、名義人の申告内容とその資産とを符合させるため、分配金相当額を脇坂に返し各名義人の銀行口座等に戻し入れることとしたのであって、これは濵口が実質的には申告し納税する意思があったことの証左である旨主張し、濵口も公判廷において、それに沿う供述をしている。しかし、石槁、濵口、脇坂は、課税を免れる意図で借名により株式売買を行っていたにもかかわらず、その株式売買による所得の大半について各借名名義人で税申告をする積もりであったというのは、全く矛盾することであるから、この点で右主張は納得し難いといえるばかりか、関係各証拠によれば、石槁と濵口は昭和六二年七、八月に共同して、濵口の部下の緒方栄一名義で國際航業株の売買を行い(検察官主張の石槁・濵口共同取引)、利益を折半していたところ、同六三年二月下旬ころ、石槁と濵口は相談の上、税務調査に備え課税を免れる意図の下に、その分配金の大半の一五〇〇万円ずつを後日返してもらう前提でそれぞれ一時的に緒方に預けており、さらに濵口は緒方に指示してその三〇〇〇万円でNTT株を買わせて、後日同株の半分を売却させて、その代金を知人の経営する会社に融資させることを行っていること、石槁は、緒方に一五〇〇万円預けた後、三人共同・三人財テク各取引についても手元に分配金を置いておくのが税金等の面で心配となり、脇坂に二億三五〇〇万円を一旦戻す旨言って、昭和六三年三月一一日ころ脇坂に右金額相当の株券と債券を渡して、濵口にもそれを知らせ、濵口も、その直後の同月一四日、自己の右分配金の大半に当たる一億九一〇〇万円相当の株券と現金を脇坂に渡したに過ぎないのであって、石槁や濵口が特に脇坂に借名名義人で申告してくれるよう話したこともなかったことが認められる。そうすると、濵口が脇坂に株券等を渡した趣旨は、濵口が検察官に対して供述するように、前記認定のとおりであったとみるのが合理的であり、濵口の前記公判廷供述は信用できない。したがって、弁護人の右主張は採用できない。
右に掲げた各事情を考えると、被告人濵口の刑事責任は相当に重いといわざるをえない。
被告人脇坂は、國際航業の技術営業本部第一営業部長という要職にあったところ、被告人濵口から國際航業株の高騰の情報を得たり、あるいは石槁から会社側が防戦買いを行っていると知らされてその協力方を依頼された機会を利用して、取締役である石槁、濵口と組むなどして、大量に國際航業株の売買を行い、その株式売買益が四億二六〇〇万円近くありながら、それを隠して二億五七九一万円余の所得税を脱税したものである。そして、石槁や濵口に誘われたとはいえ、その株式売買益の獲得の方法は、濵口に関して記したのと同様、やはり公正さを欠き社会的非難を受けるべきものであり、脇坂は、石槁らと共同して行った三種類の取引のうち三人共同取引と石槁・脇坂共同取引に際して、借名名義人を準備し、事務員を使って銀行や証券会社の口座を開設した上、その借名名義による株式売買の手続を行うなどし、脱税のための行為を自ら行っているのである。また、脇坂は、所得の一部について、石槁と共に國際航業株の嘱託顧問であった者に謝礼金を支払って身代わり申告を依頼するなど、悪質な隠ぺい工作までしている。してみると、被告人脇坂の刑事責任も重いといわなければならない。
被告人酒井は、國際航業の関連会社の代表者であったことから、石槁から國際航業株の高騰や小谷に関わる情報を得て、同株を大量に売買し、それら株式売買等による雑所得が二億四三六〇万円近くありながら、その所得等を隠して所得税一億四四一〇万円余を脱税したのであるが、以前から課税を免れるため借名により株式売買をしていた上に、本件確定申告後に、国税局の調査で借名取引であることが発覚するのを恐れて、借名名義人に名義人自身の取引である旨述べるように依頼するなどしており、その刑事責任は軽視できない。
一方、各被告人のため酌むべき事情としては、次のような事情がある。
被告人濵口は、査察調査を受けた後まもなく、富嶋共同取引による株式売買益は除いたが、昭和六二年の所得について修正申告をし、自宅を担保に入れて借金するなどして鋭意努力して、その修正申告分についての本税と附帯税を納付したこと、本件脱税で摘発されたため、永年勤続し取締役の地位にまで就いた会社を退社するの止むなきに至り、それなりに社会的制裁を受けていること、現在では今回の自己の行為について反省、悔悟し、今後は地道に暮らして行きたい旨述べていること、本件脱税に関連して、今後なお多額の税金を納めなければならず、國際航業からも民事上の金銭請求も受けるなどしているが、担保に入った自宅敷地の外にさしたる資産はなく、かなりの経済的負担を負わざるを得ない状態にあること、その他本件により家庭が受けた影響や家庭の状況等、被告人濵口のために酌むべき事情がある。
被告人脇坂については、査察調査を受けた後速やかに修正申告した上、自宅を売却したり借金をして本税を完納し、重加算税も半分近く納め、未納分は分納の予定となっていること、捜査段階から深い反省の態度を示しており、本件で國際航業を退社せざるを得なくなるなど社会的制裁を受けた上、かなりの経済的負担を負わざるを得なくなり、家庭的にも様々の影響を受けていることなど、酌むべき事情が認められる。
被告人酒井については、早期に修正申告の上、本税・附帯税を完納し、関連の地方税も順次納付し、近く完納の見込みであること、本件の責任を取って関連会社の代表者を辞任していることなど、酌むべき事情がある。
そこで、以上の諸事情及びその他諸般の事情を考慮して、各被告人について主文のとおり量刑した。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 渡邉英敬 裁判官西田眞基は、転勤のため署名押印できない。裁判長裁判官 松浦繁)
別紙1
修正損益計算書
<省略>
別紙2
脱税額計算書
<省略>
別紙3
修正損益計算書
<省略>
別紙4
脱税額計算書
<省略>
別紙5
修正損益計算書
<省略>
別紙6
脱税額計算書
<省略>